たかがFOLIOという1サービスの開発に、23歳が2年もの時間を捧げてしまった話 | hajipion.com

ついにここまで来た。

1年と10ヶ月。
僕と代表の甲斐が出会ってから、ちょうどそのくらいだ。

出会ってから3ヶ月で共にFOLIOという会社を創業し、当時23歳の僕が、もう25歳になった。

自分でいうのもなんだけど、若者の2年は非常に貴重な時間だ。
その2年を、僕はたかが1つのサービスの開発につぎ込んだ。

リーンスタートアップだのアジャイル開発だのMVPだの、最低限のクオリティのプロダクトをだしてから実際にお客様の声をききながら改善していくことが「正」とされる近年の中で、はたから見れば愚かなスタートアップであることは間違いない。

正直僕だってキツかった。

今まで僕は、様々なハッカソンやアプリコンテストにでたり、プライベートでもとりあえず思いつきのアイデアはほぼすべてつくってきた。(参考:プロフィール>ポートフォリオ

おかげで大学生~社会人にかけては、同じ2年間で数えると30を超える賞をもらった。

そんなスピード感で生きてきた、節操なくせわしなく目立ちたがり屋な僕が、この2年間何も世にプロダクトをださずに粛々と1つのサービスをつくり続けるなんて、自分でもよく耐えたと思うくらい、自分の性格にあっていない。

同じ1年と10ヶ月で、僕は前職を辞めている。

それなのに耐えられたし、実際一瞬だって飽きずに楽しく開発を続けられたのは、ひとえに今や40人を超えるFOLIOの社員のおかげだ、などと月並みな感想を記すつもりは毛頭ないが、それでもやはりメディア受けのいい言葉を吐くとすれば、社員一同が「革命に携わっている」矜持があり、お互いを尊敬し合える環境にいたからだった、とでも抜かそうか。

それくらいFOLIOの社員はひとりひとりが圧倒的だ。

さて、空き樽は音が高いし会社の自慢話はこれくらいにして、今回はここに、そんな飽き性な自分がFOLIOでこの2年間何をやってきたのか、なぜ2年もかかったのか、FOLIOとは一体どういう会社なのか、これからどうしていくのかなどなどを、ざっくりと自分の振り返りの意味で残したいと思う。

いつもFinTech系サービスの解説記事はイラストや図解付きで書いているけれども、あえて文字と実際の写真・動画だけで残したい。

少なくとも僕の2年間に渡るFOLIOへの想いは、軽快なわかりやすさよりも淡々とリアルが描かれることを欲しているようだ。

(※ここまで読んだ方々ならわかると思うがこの記事は相当ポエミーなものであり、ただその主観的な一部の表現とは裏腹にたった2年間の史実については客観的に誤解なきよう記すつもりである)

1. 証券会社をゼロからつくるということ

サービスの内容は今回触れないとして、FOLIOはオンライン証券である。

銀行や財閥等のグループに属さず、ゼロの状態から国内の株を扱う証券会社が誕生するのは、およそ10年ぶりのことらしい。

証券会社をつくる大変さのレベル感は、正直この事実だけで伝わると思う。

証券会社を設立するには内閣総理大臣(実務上は財務局)による「業登録」を受けなければいけないのだが、その「業」の種類も色々あって、FOLIOが取得したのは「第一種金融商品取引業」「投資運用業」だ。

比較するのもおかしな話だが、それらの取得は他の「業」の中で最も難しい。

前提として資本金は最低5000万円必要だし、そもそも金融庁や日本証券業協会と踏み込んだ話をする以前に個人情報管理体制(セキュリティが厳重な部屋の複数用意)やリスク管理体制・コンプライアンス体制の整備、その他細かいことでいうと自己資本規制比率やもろもろの法令で定められている基準について、十分に事前準備と調査をおこなわなければならない。

そしてあらゆるところにお金がかかる。セキュリティ・インフラ周りはもちろん、証券系バックオフィス業務の委託だけでも数億円の契約が普通だ。

登録制とはいえ、その経営持続可能性も含めて総合的に証券会社として認められなければならず、まずもって我々FOLIOはその「業」の取得に1年と4ヶ月かかった。

レース場にたつまでに、1年と4ヶ月だ。

そしてもちろんその間、今や20人以上いるデザイナーとエンジニアは寝てたわけではなく、ずっと制作・開発を続けてきた。

それでも業登録完了と同時にサービスをリリースしなかったのは、そもそも仕様としての最低要件が一般的なWebサービスの常識では考えられないくらい多かったことに起因する。

世の中の市場で起こりうるあらゆるパターン(株式分割や上場廃止等)に対応しなければいけなかったり、資産(お金)を直接扱うため情報の機密性や完全性、インフラの可用性・保守性・安全性等も相当なハードルを設けていたり……

もはやオンライン証券にMVP(Minimum Viable Product=検証に必要な最低限の機能を持ったプロダクト)は存在しえない。

Done is better than Perfect な facebook社が僕らをみたら苦笑いすること間違いなし。

しかしユーザーの気持ちになってみると「開発中なのでちょっとバグっても許してね」というスタンスの証券会社にはお金を預けようなんて思わないだろう。

結局スタートアップとはいえお金を直接取り扱う企業においては、セキュリティやインフラ等が十分に安全といえる状態でなければ、お客様のお金を預かることはしてはいけないのだ。

FOLIO77日にβ版を公開した。
最初は一部の人限定だし、日本国民の99.9999%にとっては何も変わらないけれど、事実として既に「サービスを開始」している。

証券会社としてお客様のお金を取り扱っている。

世にいうサービスのβ版とは意味合いが異なり、お金に直接関係するミスは絶対に許されないし、一般公開との違いは、言ってしまえば「人数が少ないだけ」だ。
たかが数人しか使わなくても、中途半端な状態で金融庁が許可するわけがない。

僕らは中途半端なものをお客様に提供しない。

それはスタートアップのあり方としては0点かもしれないけれども、FinTech分野の一企業として、僕は自信をもってそう言うことができる。

2. 僕とFOLIOの概括的年表

言える範囲のみになるが、2015年度秋〜2017年度夏までのざっくり年表をかいていきたい。

2015年度秋:2度目の起業

学生時代に共に会社を運営していたうちの一人、山口(彼もFOLIO)の紹介で、現FOLIO代表の甲斐と出会った。

この出会い以前も、僕は当時ハッカソンやらなんやらでブイブイ言わせていたこともあり様々なベンチャーからお声がかかっていて、高級な寿司や焼肉、高級ホテル最上階や料亭などをご馳走になりながら、色んなアドバイスやちょっとしたお手伝いをしてきた。

彼らに美味しいご飯をご馳走になったことには感謝しているが、正直そういう空間では気を張ったし、色々な意味で政治的な雰囲気が嫌いな自分は常に一歩ひいていた。

一方、甲斐が僕との食事に指定してきたのは……

なんと サイゼリヤ だった。

何かの間違いというかサイゼリヤっていう店が六本木にあるんだ~と思いググってみてもやっぱりあのサイゼリヤしかなくて、出会い頭軽い挨拶もいいところそのことに突っ込んでみると、彼はこういった。

「10年間外銀にいたしそりゃお金にはそれなりに余裕があるけど、起業しようって決めて会社辞めてからは、これから入ってくれるエンジニアや皆のためにお金を使いたいと思ってるから、あまり無駄遣いはしないようにと決めてるんだよ」

僕はこの一言をきいて彼を他のどの起業家よりも信用し、踏み込んでプロダクトを共に創ろうと考えた。

僕が欲しかったのは媚びやお金や美味しいご飯に連れてってくれる安心感ではなく、誠実に何かをやり遂げんとする志だったんだ。

当初はどちらかというとロボアドバイザーをつくりたいとのことで、まず株や資産運用のことをひたすら勉強し、海外のサービスを参考にしながらUIをつくって、次に会う時には動くプロトタイプ(コードベースでブラウザ上で動くもの)を見せると、そのスピードを買って甲斐と現COOの梶原もより僕を信用してくれた。


(左からCEO甲斐、COO梶原。その後も毎回サイゼリヤでミーティング)

そしてプロトタイプのパターンを何百個もつくっていくうちに、ショッピング感覚でもっと身近に投資というものを感じられるようなサービスにしたいと思い始め、UIをがらっと変えて提案してみた。

これはいいかもしれないと盛り上がり、その思想ベースで全体の設計から作り変えて、もはやロボアドアイザーではなくなってしまったが、これは投資の常識を変えられる、日本の投資に対する考え方を一新できる、そう確信して、僕はヤフーという大企業から卒業し、人生二度目の起業をすることに決めた。

2015年度冬:3億円の調達

当時メインはCEO甲斐、COO梶原、マーケター山口、そして僕の4人体制、つまりクリエーターは僕だけであり、プロトタイプをつくりまくって方向性が決まるまではむしろそのスピード感がだせた要因のひとつではあるものの、そろそろエンジニアを集めなければいけなくなった。

僕は友人として、そしてエンジニアとして最も尊敬していた竹村を誘い、その彼が別の誘いを呼び、12月には合計8人でFOLIOを創業することとなった。

(創業メンバーで初詣)


(最初はスタートアップらしく、代表の甲斐の自宅で作業する日々)

この頃にはもうDCMの原さんやDraper Nexusの倉林さんに直接サービスを見せにいってお話ししていたが、個人的にはこの二人の博学さと熱量、そして人間力に圧倒され、今でも自分も30代にはこのような人間になりたいと目指す対象だ。

ともあれ、彼らの只ならぬ尽力と絶大な信頼により、計3億円の調達が決まった。

創業2ヶ月でローンチしたプロダクトもなく証券会社設立の経験もない僕らに3億円を投資してくださった事実に対して「ありがたい」という言葉だけでは済まされず、なんとしても早くリリースし、日本において「資産運用をバリアフリーに」しなければと、気が引き締まった。

そして個人的な話だが、年始に FinTechの解説記事 をかいたらなぜかめっちゃバズり、その記事経由でジャフコの富永くんが声をかけてくれ、そこからの付き合いでなんとちょうど1年後におこなわれる18億円の資金調達においてジャフコが投資してくれることとなったのだから、人との縁は面白い。

最近では僕が金融系の記事を書く度、彼にフィードバックをもらったり意見を言い合ったりしている。

2016年度春:コンプライアンスの学び

様々な人たちのお力を借りて、この頃からようやく金融庁(関東財務局)や日本証券業協会とお話させてもらえるようになった。

小さな一歩に見えるが、FOLIOにとっては非常に大きな一歩だった。

そして同時期、FOLIO初のコンプライアンス担当の人が入社された。


(ご本人希望のためボカシ)

その方は我々創業メンバーには到底及ばない知識と経験を持ち合わせており、その方のもとで金融商品取引法や証券におけるコンプライアンスについて学び始めた。

その知見の中でひとつ面白いというか個人的にびっくりしたのが、証券会社の人間は外務員登録をしていない限り「自社の勧誘行為をしてはいけない」ということ。

つまり現時点で外務員登録をしていない僕は、この記事において「FOLIOに口座開設してね」だとか「β版登録してね」すらも、絶対に書くことができない。

自分がつくったアプリについて「よかったらインストールして~」と友だちに言ったり、SNSで「これつくりましたー!皆さんぜひぜひ><」なんて投稿も、絶対にしてはいけないのである。

もしFOLIOに関することをLTしたり登壇してしゃべる際には「※この発表は勧誘行為ではありません」などと明示的に話さなければいけない。

自らつくったものが宣伝できないのはクリエーターとして厳しいものがある。
ただし外務員の資格をとり登録すれば勧誘行為をおこなっていいので、現在黙々と勉強中。

2016年度夏:排水溝事件

FOLIO初の合宿にいった。

開発合宿というよりも企画合宿で、人も増えてきたけどこれからどのような体制でプロダクトを開発していくか、リリース時期は現実的にはどのラインなのか、今の仕様から根本的に変えなきゃいけないもしくは考えなければならないところはどこか、など考えて議論して考えて議論してを繰り返した。

ターゲットと狙う市場の再確認や、サービスコンセプトの言語化もおこなった。

そこからプロジェクトマネジメントをより意識して開発するようになり、会社としてのレベルがひとつあがったような気がする。

途中で「1+1=2の証明」をし始めるやつもいた。


(何回きいてもよくわからなかった)

個人的にひとつ思い入れがあるのは、僕が自分の車のキーを道路の排水溝の下に落としてしまい、皆であらゆる手段を講じてそのキーを取ろうと画策してくれたことだ。

メジャーでひっかけてとろうとしたり、糸をたらしてガムテープでひっつけようとしたり、遠くの排水溝から地下を渡り歩いて取ろうとしたり……。


(スマホでキーの場所を確認しながら取る作戦)

そして最後にはコワーキングスペースのおっちゃんが釣り竿を貸してくれて、その結果。

数十分の事件だったが、僕はこの動画が大好きだ。

皆で課題に対する策を色々と考えてやってみて、ダメだったから次、と繰り返し、最後には課題解決をやり遂げて歓喜する。

スタートアップの生態系そのものをみている気分だった。

この動画が象徴するように、FOLIOはチームでの課題解決力に並々ならぬ自信を持っている。

2016年度秋:九段下へ引っ越し

人がもう収まりきらなくなってしまい、オフィスを三田から九段下にお引っ越し。


(三田オフィスにさよなら)


(新オフィス)

オフィスの内装にも気を使った。

社員が満足して働けて、クリエイティビティを感じさせ、且つ証券会社としての要件(セキュリティ面でめちゃめちゃ要件がある)を満たすオフィス……ヴィスの山川さんが手がけてくれた。

彼は今でもリリースのお祝いに駆けつけてくれるような熱い男で、僕から言わせればFOLIOの一員だ。


(右、ヴィスの山川さん。リリースと聞きつけ当日にいただけたお酒)

いつもありがとうございます。

2016年度冬:一心不乱の開発

本気でリリースを意識しはじめ、クリエーターにとってはおそらくFOLIO史上最も過酷な季節となった。

ヤフー、サイバーエージェント、DeNA等のWeb系企業出身のエンジニアが多いこともあって、証券知識をつけながらの実装なものだから、開発すればするほどまた新たな論点や仕様がでてきて出戻る……といった無限ループに陥っていた。

僕もヤフー時代にあらゆるWebサイトやアプリの設計書・UIデータを見てきたが、我ながらこんなにアートボード(派生パターン)が多いSketchのデータは初めてだった。

FOLIOというサービスは様々な視点の要件から成り立っていて、コンプライアンス要件、オペレーション要件、カスタマーサービス要件、ビジネス要件、システム要件、投資戦略要件、サイエンス要件、デザイン要件などが密接に絡まっている。

人もこの頃には20人程度に増えてきて、これらの社内ステークホルダーが1つのサービスについてアレコレいうものだから、コミュニケーションコストや認識のズレが大きな壁として僕たちの前に立ちふさがった。

そこでいわゆるプロダクトマネージャー制度を取り入れ、現時点では僕が就任し、それらのハブとなっている。

これが可能となっているのは、僕が心から信頼していて思想も近く僕の業務すべてを彼にまかせてもいいと思えるくらい優秀なデザイナーである河野と、僕が現時点でこの世で最も尊敬しているデザイナーである貴島がFOLIOに入社してくれて(もちろん相当なラブコールをした)、いわゆる「デザイン」業務のほとんどを今でも担ってくれているからだ。

僕はFOLIOでChief Design Officerという職位だが、狭義の意味でのデザインは彼らのような天才に任せたいし、むしろ「自分よりデキル人間しか雇わない」というルールがあるFOLIOにおいてこの結果は当然の帰結だと思う。

だから僕は安心して任せつつ、プロダクトマネジメントという大義でもって提供する証券サービスの「設計(=Design)」そのものに責任を持っている。

ただし未だにフロントのコーディング周りについては僕がひとりで書いている現状があるので、その領域の天才を待ちわびています。

React+Reduxでモダ~ンな開発しているので興味のある方はコチラ(Wantedly)から!(※採用の勧誘行為は認められています)

そしてこの頃に18億円の調達をおこない、合計で21億円の調達となった。

創業1年2ヶ月、プロダクトローンチ前のスタートアップでこの調達額は日本記録更新している思うが、それくらい注目と期待が集まっているということで、リリース前に僕らはますます鬨の声を上げた。

2017年度春:業登録完了・採用強化・増床

4月、ついに業登録が完了した。

これで晴れて証券会社として認められ、あとはサービスをローンチするだけとなった。

先に述べた「証券知識・経験不足による開発陣の無限ループ」の反省から、証券出身のエンジニアやITアーキテクトを増やし、証券業務体制やコンプライアンス体制も増員し、いよいよリリースに向けた準備を整え、なんと3月から4月の間に約20人を社員として増員。計40人(倍!)ほどの会社となった。


(急に倍になった社員)

引っ越したばかりなのにオフィスの席がもう足りなくなってしまい、仕方なく同じビルの別の階に増床した。

社員数が2倍になって僕が危惧していたのは社員間のコミュニケーションだが、オフィスの階が隔たれていても、部署が違えども、皆ランチにいったり飲みにいったりしているので、なんだかいい会社だなぁとバカ親の気持ちを感じている。

4月末に「オフサイト」と称して金曜夜にチーム別クイズ大会やらなんやらを開催したのだが、それがキッカケで色んな人に気軽に話せるようになったと言ってくれる人もいて、適切なタイミングで社員間交流を意識するのも大切だなと常々感じる。

会社の成長にはサービスデザインだけでなく組織デザインも同じくらい大切だ。

2017年度夏:β版リリース、そしてこれから

そして7月7日。

もちろん直前までバタバタはしていたが、ようやくβ版リリースすることができた。


FOLIO | テーマでえらぶ、あたらしい投資のかたち

苦節2年弱、難産ではあったが、あとはかわいい我が子をいかに育てるか。

MVP含めてリーンのやり方は証券サービスでは無理だ、という旨を先述したように聞こえたかもしれないが、それは間違いで、本来的にリーンの根本にあるのは「検証と改善のサイクル」だ。

MVPはそのスタート時のやり方のひとつにすぎない。

FOLIOはこれからお客様の声を真摯に受け止めて、ただし言いなりにはならず、本当にお客様が求めているものを導き、検証し、改善していく。

そのマインドこそが重要であり、今までそのやり方ができずやっと世に出せたFOLIOだからこそ、そうするべきなのである。

僕らの主語は、常にユーザーでありたい。

3. 次の2年間の捧げ方

創業前から7月7日のβ版リリースまでの2年間を言える範囲でざっくり振り返ってみたが、自分だけのことを考えても只ならない学びがあった。

23歳から25歳、僕はこの2年間をFOLIOという会社の創業に注げたことを、心から誇りに思う。

だからこそ「資産運用をバリアフリーに。」というミッションをどれだけの時間がかかっても(しかしなるはやで)遂行させたい。

20代でやりたいことがまだまだいっぱいある。
僕にとって人間の寿命は短すぎる。

FOLIOでも、プライベートでも、世の中をアッと言わせるものをつくって、人々を感動させたい。

そのために次の2年間も、後悔しないように生きよう。
キャラに合わず意識高くて恐縮ですが、そうここに宣言しておきます。

mixiの日記並みの駄文をここまで読んでくださった方々、ありがとうございます。
今後とも応援どうぞよろしくお願いいたします。

 

あ、最後に一言いわせてください。

 

 

 

 

 

 

 

 

本投稿は勧誘行為ではありません。

Hajime Hirono

Written by

広野 萌(ひろの はじめ)

@hajipion

株式会社FOLIO CDO。
1992年2月京都生まれ、早稲田大学文化構想学部卒、ヤフー出身。
UI/UXデザインとコンセプトメイキングが得意です。
代表作に「inShade」「INTEMPO」など。

» 経歴・受賞歴・ポートフォリオ

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